1975年の東海・九州行き(3)/九州内、西鉄

 1975年の東海・九州行き(1975年2月24日~3月4日)の3日目以後は福岡の祖母の家を基地としてあちこち駆け巡る。直前に迫った50.3ダイヤ改正(1975年3月10日)は、新幹線が岡山から博多まで延びて、九州方面への鉄道網が画期的変化を遂げたダイヤ改正だった。

 まず、東海道新幹線開業時と異なり、並行在来線の優等列車はほぼ一掃され、輸送網は新幹線のみが担う国鉄としては革命的変革をもたらした。それに伴い、九州内の特急網は山陽新幹線との連携を前提に、博多駅を中心とした島内完結の特急網へ再編されれてゆく。幹線系から撤退した国鉄がローカル輸送に本格的に乗り出したのも大きな特徴だった。岡山、広島、北九州地区で等間隔、短編成電車の運行をはじめ、既存の私鉄にとっては大変な脅威となった。

 博多駅でスナップしたものから・・・。

 特急つばめ5号.jpg
 博多駅を出発する岡山行き特急「つばめ」5号。ボンネットのトレインマークは表示がなく、照明装置がむき出しだった。

特急なは号大阪行き.jpg
 西鹿児島-大阪間の特急「なは」号。沖縄県の祖国復帰を祈念して付けられた特急である。この時代はまだ昼行特急だった。1973年までは「なは」号は82系気動車特急だったので、「日向」号と併結運転されていた。

特急かもめ号.jpg
 82系気動車特急「かもめ」号。長崎本線の電化がまだだったので気動車だったが、延々と架線下を走る(1000キロ以上!)特急だった。

583特急有明2号.jpg
 寝台兼用車両の583系は、山陽本線との間合い運用で九州内の「有明」でも使用されていたが、50.3以後は島内特急に大躍進する。

急行玄海号.jpg
 急行「玄海」3号。岡山-博多間の475系電車急行も終焉を迎えた。

急行はやとも号広島行き.jpg
 こちらも475系急行「はやとも」号。博多-広島間の急行だったが、かつては博多-名古屋間800キロ以上を、G2両、ビュッフェ車までつないだ電車急行だった。

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 長崎(加津佐)ー小倉間を結んでいた気動車急行「いなさ」4号。盛大な排気ガスを出しながら小倉へ向かって発車して行った。最後尾は島原鉄道から乗り入れてきたキハ2600を併結していた。白の座席カバーが付き、国鉄キハ26系にはない冷房装置を付けていた。改正で博多折り返しになり「出島」に改称された。

485新車の回送.jpg
 485系新車の回送。先頭車と中間車の連結ははじめて見た。この場所はいま篠栗線用のホームになっている。

 このあと、北九州の各地を転戦したが、博多駅以外でも少し写していた。

特急日向号大阪行き.jpg
 宮崎-大阪間の特急「日向」号。小倉駅の日豊本線ホームから(3/1)。「日向」号は日豊線の電化により、82系気動車から485系電車に置き換えられて1年と経っていなかったが早々に本州乗り入れがなくなった。

特急みどり号岡山行き.jpg
 大分-岡山・大阪間の特急」みどり」号。いったん愛称は消えるが後年長崎・佐世保線の電車特急として復活する。岡山駅で(3/4)。

*以下、続く

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