三池鉄道の終焉(7月31日宮浦駅)

 三池鉄道(三井化学専用線)は、昨年5月に運行を終え、7月にさよなら記念イベントを行なう予定でいた。ところが九州北部地域の豪雨で大牟田市街地が水害の被害を受け、専用線の基地がある宮浦駅などが水没してしまった。当然電気機関車や電気設備等も被害を受け、動けなくなっていた。

 さよならイベントなしで廃線になると思われたが、三井化学では最小限の復旧工事を行ない、この7月31日に記念イベントが行なわれることになった。もう運行しない鉄道の電化設備や信号等の復旧は当然ながら行なわれなかったが、三池鉄道特有のバッテリー式走行方式が最後に役立つことになった。保存してある45t電車(電気機関車)2両と、22t電車3両は架線から集電しなくては動けない。しかし、22t電車のみ架線のないところをバッテリー車をつないで運転できる方式を生かして宮浦駅構内で記念イベントが行なわれる。

 さよなら記念イベントは公募により、午前と午後の2回(各回40名)に分けて公開実施される。希望者は事前応募制で、宮浦駅で開催される電車見学会に参加できる。説明は炭鉱電車保存会の方々等が担当されるという。ともかくも営業終了後の水害というアクシデントで設備がやられた1年後に記念イベントが行なわれるという異例の展開となった。関係者の皆さまの尽力に敬意をあらわしたい。

 *応募方法など(7/1~14)
 *読売新聞
 *西日本新聞

 三池鉄道では記念イベント終了後、レールや電化設備の撤去が行なわれる。JRに接続していた仮屋川操車場から国道208 号線を越える踏切を通過し、宮浦駅までが現役線だったが、これで三池鉄道128年の歴史をおえることになる。炭都の鉄道の最後となる。

三池20t電車.jpg
 三池炭鉱三川鉱に保存中の三池鉄道電気機関車(22t電車)

 ところで、電気機関車がバッテリー車をつないで架線のない区間も走れるようになったのは昭和37年からとのことであった。意外?と新しい。わたしの大牟田在住期間で、NHK「九州こどもホール」という番組に出て、大牟田の町を写真で紹介した年になる。父のツテでいまの三井化学(当時は東洋高圧)の工場内に入れてもらい、偶然にも架線なしの線路を電気機関車が走っているのを見て驚愕した。蓄電池というと懐中電灯しか思い浮かばなかったからである。

 化学工場等の引込線では架線からパンタで集電するとスパークして引火の危険があるので使われないとのこと。しかし、街中で見かける三池鉄道は全てが架線集電であった。どんな末端の線路部にも架線が張ってあった。私の居住範囲は四ツ山や三池港だったので、化学工場の中までは見ていなかったのである。

*1年前のブログ記事

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