オホーツク流氷ツアー(2)

2日目(2019.2.17)紋別~雄武~クッチャロ湖~猿払~宗谷岬~稚内

オホーツク海道を北上

(行程)
・紋別プリンスホテル9:00(宗谷バス)→9:05出塚水産  *旭川230あ・675(車両交換)
・出塚水産9:30(宗谷バス)→10:15道の駅雄武
・道の駅雄武10:30(宗谷バス)→11:50クッチャロ湖
・クッチャロ湖12:20(宗谷バス)→12:48ホテル猿払


 2日目の目覚めは快調だ。さっそく紋別市街地を散策する。ホテル前には我々の乗る宗谷バスが止まっていたが、ナンバーが違っていた。後から確認したら1日目のバスは運転手ごと稚内に回送して帰ったそうだ。気温はマイナス3度という。でも風がないので温かい。散策したいところは旧名寄本線の跡地である。フロントで確認したうえで、ホテルから鉄道線路跡の道路に向かう。歩道は積雪がひどいので車道を歩いた。車はほどんど通らない。廃線跡は「メモリアル通り」という名称の道路になっている。歩道を照らす照明は蒸気機関車を模したデザインになっている。途中でタイムアップになったので、紋別駅跡までには辿り着かなかったが、雪道散策はなかなか有意義なひとときだった。

 ホテルに戻ると朝風呂に入った。今回のツアーは出発時間が9時なのでゆっくりしておられる。北海道ツアーでは7時出発などということもある。朝食はバイキングである。6時半からというので食堂に出かけると列が出来ており、おまけに料理の配置が狭いので押し合いへし合いとなった。せっかくの食事が台無しだ。今日は稚内まで250キロほど走るので水分はご法度である。

 9時の出発時間が来た。バスに乗り込むと昨日とは少々印象が違う。車体の色は全く同じなので気が付いた人はいなかったようだ。きょうは一番前の左側席である。オホーツク海を望む道路を進むので、絶好の展望席である。出発すると5分で最初の下車観光地に着いた。出塚水産というカマボコ屋さんである。目の前の漁港は凍っていた。店内に入ると、自分で好きな具材を選んで揚げてもらえるコーナーがあった。なかなかのアイデアだ。しかし、かまぼこ類は冷蔵品として送らなければならないので二の足を踏んでしまう。新千歳空港に小樽のカマ榮と並んで出店しているので、次の機会としよう。

 出塚水産を出ると、添乗員さんから今日1日の説明があった。紋別からオホーツク海道(国道238号線)をひたすら北上する。右側は海である。紋別市街地を抜けると左側に廃線跡らしき雰囲気の築堤が並走している。河川を渡るところで鉄橋が残っており、廃線跡を確信する。1989年に廃止された名寄本線である。本線と名の付く路線が廃止されたので、当時話題となった。

 興部の町を通過する。1985年まではここから興浜南線が分岐して、北にむかって雄武まで走っていた。その道の駅雄武でトイレ休憩となった。道の駅は駅跡にできたトイレのある公共施設だ。隣にCO-OPがあったので入ってみた。物価はそれほどかわらない。

 雄武をでると、この先北見枝幸まで鉄路はなかった。北見枝幸からは興浜北線の区間となる。興浜北線も南線同様、1985年に廃止となっている。路線バスが宗谷バスの管轄に変わる。

 浜頓別を通過する。天北線の駅があり、興浜北線が分岐していた。いまは栄華をしのぶよすがもない。雄武の休憩から1時間20分でクッチャロ湖に着き、湖畔のビジターセンターに停車した。クッチャロ湖は氷結していたが、白鳥が餌を漁っていた。ビジターセンターの見学で30分ほど滞在した。クッチャロ湖を見るのは2回目である。ラムサール条約で有名になった。


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 翌朝、紋別市内を散策した。かつての名寄本線の跡は、メモリアル通りとなって、蒸気機関車を模した外灯が立ち並んでいた。

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 外灯の下の道路は紋別駅の後身であるバスターミナルに通じていた。この辺りの路線バスは北紋バスである。

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 バスターミナル近辺が紋別の歓楽街になっていた。スナックやバーなどの飲み屋街は「はまなす通り」というらしい。

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 昨日までのバスと車体が代わっていた。稚内まで回送して運転手ごと車両チェンジしたそうだ。

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 最初の下車地は出塚水産の工場直売所。相変わらず飛ぶように売れていたが、私は何も買わなかった。新千歳空港にも売店を出している。工場前の港は凍っていた。

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 紋別から先は鉄道廃線跡探訪のようなルートを走る。雄武駅は道の駅になっていた。

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 右側はオホーツク海が続く。道路には雪がだいぶ積もっていた。

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 雄武から1時間半でクッシャロ湖に着いた。湖面は全面氷結していた。白鳥の飛来地である。


猿払、宗谷岬、稚内  
 
(行程)
・ホテル猿払13:50(宗谷バス)→14:15宗谷岬
・宗谷岬14:45(宗谷バス)→ホテルめぐま15:15→15:30サフィールホテル稚内
・サフィールホテル稚内17:55(宗谷バス)→18:00北市場
・北市場(徒歩)→サフィールホテル稚内
 *サフィールホテル稚内(旧・ANAクラウンプラザホテル稚内)


 クッチャロ湖の次は猿払である。ホテル猿払でホタテ御前の昼食を食べることになっている。オホーツク海を望む素晴らしい立地である。道路の海岸側にはインデガギル号遭難慰霊碑が建っている。1939年にソ連船が猿払沖で座礁して700名を越える多くの死者が出た。稚内から国鉄稚泊連絡船などが救助に駆け付けるなど大惨事だったらしい。司馬遼太郎の「オホーツク海道の道」で知った。

 ホテル猿払の食堂でのホタテ尽くしの昼食は美味しかった。2000年のツアーで初めて立ち寄ったことがある食事処である。ホタテの養殖は他地域と違って海底に稚貝を直播きして育てている。それが美味しさの秘訣とのこと。午前中に紋別で御土産は買ったが、ここのホタテ類もおいしそうだったので売店でまたまた散財してしまった。
 
 食事の後は再びバスに乗って北へ向かう。沿線に漁師町が現われてくるが、どの家も構えが立派である。ニシン御殿ならぬホタテ御殿とのこと。ホタテは大変な経済効果を生み出している。
 
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 海から吹き付ける風で道路は凍っていた。


 猿払にはサハリンからの海底ケーブルの日本側地上基地(電話局)があった。既に戦前には北方領土や樺太との間に海底ケーブルが敷設されて通信できたそうだ。いまは通じなくなっているが、再開の目処はあるのだろうか。海岸にはケーブル基地の記念碑が建っているとのこと。また海流の影響でサハリンからの漂流物は猿払辺りに流れ着くそうだ。大韓航空機撃墜事件の際にも機体の破片や遺体が流れ着いた。

 そうこうしているうちに、日本の最北端、宗谷岬に到着した。訪問するのは確か3度目か。最北端証明書は、添乗員さんがまとめて購入して下さった。間宮林蔵の銅像が建っていたが、海上43キロで到達する。小船で朝漕ぎ出して夕方到着したとのこと。サハリンは目視で確認できた。もっとも一番最初に訪問した2000年のときはもっとくっきりと見えた。


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 日本の最北端・宗谷岬に着いた。

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 最北端の碑が建っている。かすかにサハリンが遠望できた。日本から見える外国である。

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 日本最北端のお土産物屋さんである。最北端証明書を発行している。


 今日の宿は2手に別れる。ホテルめぐまとサフィールホテル稚内である。まずは、ホテルめぐまに立ち寄って半数の乗客を降ろす。ここはクラブツーリズムの宿ランキングでは<弊社Bランク>なのだが、温泉になっているので結構人気が高い。温泉にはさしたる興味がない私はパスした。

 ホテルめぐまから稚内市街地を通り抜ける。地元資本のデパートがあることを初めて知った。ガイドさんから日本最北端のマクドナルドなどの紹介もあった。でも、ユニクロは進出していないとのこと。15分ほどで最終目的地のサフィールホテル稚内に到着した。昨年まではANAホテルだった<弊社Aランクホテル>である。初めて利尻礼文ツアーに参加したときに家族4人で泊まった思い出深いホテルである。


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 2日目の宿泊はホテルめぐまと全日空ホテルあらためサーフィールホテル稚内に分かれた。私はかつて泊まったことのあるANAにした。


 きょうの夕食はホテル内ではなく、外へ食べに行く。それまで時間が2時間以上あったので、稚内の町を散策してみた。気温はマイナス2度くらいだが、風がないので歩きやすい。まずは、ホテルから歩いて数分に北防波堤に行ってみた。

 もう鉄道レールは切られてしまっているが、かつては国鉄稚泊連絡船のための稚内桟橋駅が置かれて鉄道駅だったところである。ドーム型の防波堤だが、耐震工事が行なわれて柱がずいぶんと太くなった。過去2~3度散策しているのでちょっと見ただけで、ホテルの反対側にある稚内駅に行ってみることにした。


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 夕食までの間は自由時間。北防波堤を見に行ってきた。かつては国鉄稚泊連絡船が発着していたが、昭和20年8月24日をもって運航停止した。

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 北防波堤は北海道遺産に指定されている。ギリシャ建築風でなかなか凝った作りだ。


 稚内駅は7年前に近代的外観の建物「キタカラ」に変わった。駅舎というより、公共施設の端っこに改札口を設けたといったほうがいい。よく探さないと見落としてしまいそうだ。1~2階にはバスターミナル、観光案内所、お土産物屋、食堂、セイコーマートなどがある。3階から上はサービス付き高齢者住宅になっている。

 お土産物屋を見物する。駅の隣にある「北市場」というツアー客相手の土産物店と値段を比較してみたが、大して変わらなかった。

 稚内駅を見学すると列車ダイヤは惨澹たるものである。昼間の数時間、全く列車の発着がないのだ。オマケに早朝夜間は駅の営業が終わってしまい、運賃収受は列車内でという表示が見えた。ホームも単線の棒線駅であり、最北端の終着駅という風情は全くなくなっていた。


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 ホテルの反対側の稚内駅にも行って来た。道の駅の施設で持っているともいえる。


 ホテルに戻って一風呂浴びた。17:55分に夕食会場の北市場へ向かうバスが迎えにやってきた。ガイドさんは降りてしまって運転手だけの乗務である。でも送ってもらわなくても歩いてゆける距離である。

 北市場の1階の土産物屋は電気が消えていたが、2階の食堂は活気があった。きょうもカニ尽くしである。最初に食堂の伯父さんが毛ガニのさばき方をレクチャー。鋏を入れる順番などを教わった。カニもよかったが、それ以上に稚内名物の蛸シャブが美味しかった。瓶ビールしかなかったが、サッポロクラシックをたくさん頂いた。

 帰りはバスを辞退して歩いて帰った。ホテル1階の売店でビールと氷を頂いて部屋に持ち帰った。凍るような北防波堤を眺めながら、暖かい部屋でビールを飲んでいるとじきに眠くなってきた。きょうも充実した1日だった。
 

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 夕食は一風呂浴びた後、ホテルではなく稚内駅隣接の北市場でカニ料理をいただきた。毛ガニを丸ごと堪能したが、それ以上に稚内名物のタコシャブが美味しかった。



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