「半島」としての千葉県

 きょうの朝日新聞朝刊別刷りBe(1021.10.9付)の原武史氏「歴史のダイヤグラム」は、房総半島の鉄道について紹介されている。首都圏の鉄道網は東京駅を中心に四方八方に伸びてゆくことが期待されていたが、県庁所在地のなかで東京駅と直接結びついていなかった事例として千葉県が取り上げられている。たしかに、総武鉄道の線路は隅田川を越えることができず、両国橋駅が起点だったし、京成や東武も浅草を目の前にして都心へ直結するルートを作ることが出来なかった。

 歴史のダイヤグラム房総半島.jpg
 朝日新聞2021.10.9付朝刊別刷り<Be>歴史のダイヤグラム

 千葉の鉄道は半島に立地する地形上の特殊性により、ながらく一つの鉄道会社のごとく運営されてきた。旧国鉄の区分でも、千葉鉄道管理局は独立した私鉄のような趣きがあった。そこに風穴をあけたのが東京~両国間に地下トンネルを築いて東京駅へ直接アクセスするルートの開設であった。当時の国鉄は「東京五方面作戦」と称して、東海道・横須賀線の線増分離、中央線の複々線化、東北本線の3複線化、常磐線の複々線化、総武線の複々線化を行なってきた。このうち総武線の複々線化は、全く新たに東京駅まで直結するルートを新設する工事であり、東京駅の東側地域から直接東京駅へ直通する鉄道を作る大工事であった。

 工事は1972年7月に完成し、総武線に快速線が新設された。東京駅からは都心部を地下線で走り、隅田川の川底をトンネルでぶち抜いて、両国駅脇まで東京トンネルが開通した。工事中は総武線電車で隅田川を鉄橋で渡る際、川の中に土留めした人口の島を作り、そこから鉄道トンネルを沈めてゆく潜函工法の様子が観察できた。

 原武史氏は、このような大工事にもかかわらず房総の「半島」状態が解消したわけではないと主張される。地元千葉に住むものとしては半分当たってると思うが、実は1997年に開通した東京湾アクアラインの開業によって、鉄道ではなく自動車という手段で半島状態の解消が進んだのではないかと感じている。ヤマトタケルの東征は、鉄道ではなく道路によって現実化したといえるのではないかと思う。

*東京湾アクアライン(千葉県のHP)
*拙稿「DC王国からEC天国へ」鉄道ピクトリアル誌299号、300号


 

 

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