1974年夏の江ノ電と相鉄(1)江ノ電

 清水から帰ったあと、1974年7月の暑い日に江ノ島へ行ってきた。といっても海の遊びではない。江ノ電に乗ってみたいと急きょ思い立ったのである。江ノ島には小学生の遠足以来何度か行っているが、江ノ電には乗ったことがなかった。当時は「江ノ島鎌倉観光電鉄」と長ったらしい名称で呼ばれていたが、観光客の不振などで経営危機がささやかれていた。廃線になるかもしれないとの思いもあった。

 総武快速線~東海道線と乗り継ぎ、はじめて藤沢で下車した。江ノ電の高架化工事が完成したばかりで、同時に開業した江ノ電百貨店の2階から発車する都会的な電車だったが、まだ小田急の完全な子会社にはなっていなかった。

 鵠沼というところで降りた。閑静な住宅地だった。ここで交換が行なわれる。電車は2両連結(or連接)で、今のように2連を併結した4連運転などは行なわれていない。

江ノ電鵠沼交換.jpg
 あたりは松林が続くいかにも湘南別荘住宅地という趣の駅だった。

 江ノ島駅で2度目の交換。ここを発車すると、路面電車然とした併用軌道区間に入ってゆく。海水浴シーズンで混雑した道路から1本山側に入った商店街の中の道路で、なかなか風情があった。

江ノ電腰越~江ノ島間.jpg
 江ノ島~腰越間で併用軌道に入る。ここのカーブは今と変わらない。

江ノ電600型.jpg
 生活道路の真ん中を慎重に進んできた電車は、元玉電の600形だった。

江ノ電351号車.jpg
 351号車の2連もやってきた。いまは観光客相手の生シラスの店などが並んでいるが、当時は地元の人々の商店街だった。

江ノ電108.jpg
 極楽寺車庫で単車の108号車に出会った。実際に営業車として走っていたかどうかは知識がなかった。

江ノ電801と302極楽寺車庫.jpg
その横には801号車、302号車が見える。800形は元山梨交通の車両であった。

 極楽寺駅は、その後1976年からNTV系で放送が始まった「俺たちの朝」の舞台となり、一躍全国区に躍り出たが、当時はこじんまりした閑静な駅だった。廃線が噂されていた江ノ電は一気に生き返り、新造車両まで投入されるようになった。江ノ電の社長が日本テレビの小林社長に表敬訪問までやっている。また、当時の駅舎は現役として保存してあるそうだ。

 極楽寺から鎌倉へ抜けて、横須賀線に乗り換えた。夏の暑い暑い日だった。

江ノ電鎌倉駅.jpg
 全開になった下降式窓が盛夏を思わせる。鎌倉駅の江ノ電ホームはデコボコで会社の懐具合を反映していた。


*江ノ島電鉄のHP


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