1974年4月29日の静鉄訪問(2)静岡清水線

 新清水駅前で昼食をとり、港橋まで行って帰ってきて静鉄電車に乗る。電車はまだワンマン化前だったが、近代的外観の1000型が前年から走り始めていた。狐ヶ崎ヤングランド前(今はない)からは国鉄線との並走区間を楽しんだ。運動場駅は2面4線構造で急行通過に備えた設備に改造してあった。長沼車庫が見えたので途中下車してみる。

長沼車庫.jpg
 静鉄の車両は1000形登場で沸いていたが、300形までの車両はほとんどが自社製造していた。1000型は初の東急車輛製で、東急7200形のくの次に曲がった正面スタイルを踏襲するデザインだった。

長沼車庫2.jpg
 車庫の反対側にも行ってみた。外観は近代的ながら、旧型更新の21形が止まっていた。

1000型.jpg
 日吉町の踏切で、ステンレスカーを狙った。まだワンマン化前なのでサイドミラー、連結部への発車サインベル等は付いていない。帯や塗装が全くないので極めてさっぱりしていた。

300型急行.jpg
 300形は1000型に倣って銀色塗装化してあった。急行板も素敵だ。ミュージックサイレンも吹鳴していた。この頃は1000形とはメロデイが違った。性能的には高性能車だったので、後年福井鉄道に移籍する。

102号車2連.jpg
 300形のデザインの元となった100形も元気で活躍していた。

花とステンレスカー.jpg
 日吉町踏切で。花とステンレスカーの取りあわせは都会的だった。

新静岡駅ビル.jpg
 終・起点の新静岡駅は新静岡センターというビルの地下に改札口があった。この先でかつての静岡市内線に連絡していたハズだが、痕跡は発見できなかった。新静岡センターは既に立替えられ、新静岡セノパに変わっている。

 このあと、静岡市内から静鉄電車で再び清水に戻った。国鉄清水港線に乗るためだ。何しろ1日1本夕方しか列車がないので、それまで静鉄で時間を潰した格好だ。清水からはバスで三保駅まで入ったように思う。三保駅は1日1本の列車のためだけとはいえ駅員配置駅で、三保→清水→静岡→東京都区内行きの連続乗車券(硬券)を購入できた。あわせて新幹線特急券(こちらもD型硬券)も買っておく。

 列車はDD13が牽引する混合列車だった。清水駅ホームは東海道本線と並んだ位置にはなく、構内ハズレのところに清水港線用ホームがあった。下車後は構内のジャリの中を歩いて本線ホームに上がった。こうして清水港線と抱き合わせで、静岡鉄道の乗り歩きが完了した。帰路は連続キップの行程どおり、静岡へ出て東海道新幹線を利用した。有意義な日帰り旅行だった。


*廃線探訪(歩鉄の達人様)のHP
*静岡鉄道のHP

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