初めての北海道の鉄道(1)/仙台市電

 九州、関西と綴ったあとは、時間が4年飛んで、初めて北海道へ行った時のことを記録しておきたい。1976年3月27日から4月1日、私は始めて北海道へ行った。青春時代は北への憧れがつのるものだが、私は北海道への衝動は全く起きなかった。それではいかんと、大学卒業後の春休み(3月)を利用して、札幌まで行ってみようと決意した。

青函連絡船名簿.jpg
 青函連絡船に乗るには「乗船名簿」が必要だった。桟橋ばかりでなく、列車の中でも車掌が配っていた。

 当時の大まかな行程は、3月末で仙台市電が全廃になるので、まずは東北特急で仙台へ。市電を乗り回した。夕方仙台から青森へ行き、青函連絡船は深夜便で函館へ渡った。早朝から函館市電などを1日走破し、その日は函館市内に泊まった。翌朝、函館駅から特急「おおぞら」号に乗車。北海道の風景が本州とは全く違うのに驚いた。

 札幌では道庁近くの宿に2泊し、地下鉄や札幌市電を走破する。当時の東京~札幌間は、本州側か青函連絡船か北海道内のいずれかで夜行になるので、帰りは夜行急行「すずらん」号に乗車した。客車急行である。そして、青函連絡船と「はつかり」を利用して、夜に上野へ戻ってきた。それでは1日目からスタートする。

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特急券やまびこ1.jpg
 X型マルス特急券。わざわざ旧型機種が1台だけ残っていた秋葉原駅で購入した。

 1976年3月27日、上野から北へ向う1番列車は、6:30分発の特急「やまびこ」1号だった。マルスの旧型端末(X型)が残っていた秋葉原駅で発券してもらった。「やまびこ1」の活字棒で印字された。

 ところが、当日上野駅に出かけてゆくと、構内に「やまびこ1号は1時間遅れて発車します」との案内放送が流れていた。これは困った。北海道行きの合間に時間を取っての仙台訪問なので時間が削られるのはもったいない。30分後に発車する仙台行き「ひばり1」号に変更しようと思ったが、そうすると上野駅にはマルスのX型端末はなかったので特急券が手元に残らない。

 「やまびこ」1号の特急券でそのまま「ひばり」号の自由席に乗りたかったのだが、旅客営業規則上は不可であろう。いったんは「ひばり」の自由席に着席していたが、あきらめることにした。そこで、デッキにかなりお年のおばあさんが立っていたので、客席まで案内して交替した。さんざんお礼を言われたが、まあ、いいか。

 やまびこ1号上の17番線.jpg
 上野駅地上ホーム17番線から発車する。となりのホームは荷扱いホームでバタバタがたくさん止まっていた。


 東北本線に乗るのは初めてである。仙台下車の理由は、3月31日限りで仙台市電が全廃になるから、一度乗っておこうと思ったからである。駅前に降り立って駅前広場を眺めたら、派手な飾り付けをした路面電車がたくさん見えた。

仙台市電花電車400と100.jpg
 全面装飾の「三越」車は100形、幕板部分装飾車は400型。背後のビルは七十七銀行、緑屋、丸光と並んでいる。

 仙台駅前電停に停車中の市電を観察すると、ほとんどの車両に「お別れ」装飾が施されていた。デパートがスポンサーになっていた。全面装飾車を歩いていてメモすると・・・、
1.三越
2.遠藤
3.丸光
4.藤崎
5.東北放送
 とあることが解った。

 運転本数が多いので、これは全線乗れるのではないかと思ってチャレンジしてみた。

仙台市電の路線図

東日本放送と交通局車庫.jpg
 交通局前には、開局したばかりの東日本放送の中継車が出ていた。

八幡神社終点.jpg
 北側終点の八幡神社電停。

大学病院前.jpg
 大学病院前電停の「丸光」号。

原ノ町駅前終点.jpg
 原ノ町駅前電停の「三越」号。

長崎1051譲渡.jpg
 緑町付近を走る100形。同車は長崎電軌に譲渡されて1051号車となった。

C601.jpg
 市民会館近くの公園には、C601が保存されていた。いまでも現存する。C60唯一の保存車である。

長町支所.jpg
 長町支所前には、エンドーの装飾車が止まっていた。

長町駅前.jpg
 長町駅前終点にも次々に装飾電車がやってきた。

仙台市乗換券.jpg
 仙台市電には「乗換券」があった。たくさん乗るので回数券も買っておいた。

 暗くなるまで撮影して仙台駅に戻った。仙台市電はそれまで全く縁のなかった市電だが、実に味わい深い電車だった。結果的に全線走破していた。原の町駅前まで乗ったかどうか自信がなかったが、仙石線の「陸前原ノ町」駅の硬券入場券があるので終点まで乗ったのだろう。また、長町車庫が長町支所電停から分岐する引込み線の先にあり、ここは今なら何とか乗る努力をしたと思うが、そのままになった。日本路面電車同好会だったと思うが、詳細なガイドブックが発行されていたので、路線図をたどるように乗車した。

 仙台駅は東北新幹線の工事が始まっていた。仮駅だった。だいぶ暗くなった仙台の町をあとにして、青森行きの特急に乗車した。

 こんどは「やまびこ」号ではなく。常磐線を経由して来た「みちのく」号である。ほぼ満席だった。583系を使用した特急で、青函連絡船には11便と1便に接続していた。11便にも乗れるのだが、続行の形をとる1便に乗ってみた。船は初めてグリーン船室を試した。

 青森に近づくと車掌さんが乗船名簿を配って歩いた。渡した数で乗船客の概数を把握すると聞いていたので、普通船室用とグリーン船室用の両方の書式がほしかったのだが、所持するグリーン船室用の緑色の用紙のものを頂いた。普通船室用は青森桟橋で頂いた。

 やがて青森駅に到着した。下車した乗客はいっせいに前方の連絡線乗換え階段に殺到していた。青函連絡船は初めてなので船内のあちこちを見学してみた。やがてドラが鳴り響く。これはテープに録音したものだったが、なかなか旅情を感じさせた。船内には「この船は間もなく出港致します。お見送りの方は大急ぎ桟橋の方までお戻り下さい。」との放送が何度も流れていた。見送りでは船内まで立ち入れないと思っていたが、そうした事例があったのだろう。

 ドラの音から「蛍の光」のメロデイに変わる。紙テープが交わされ(後年禁止になるが)、本当に涙を流す人がいて、実は半分うろたえた。こんな別れの旅情は今はどこにもない。北の大地へ行くんだという、いささか感傷めいた気分になった。

特急券みちのく号.jpg
 仙台からの特急「みちのく」号は583系で、ほぼ満席だった。

指定席券青函1便.jpg
 「青函第1便」という活字棒があったので感動した。

 真っ暗なので海の景色を楽しむことはできないが、一人用のリクライニングシートを目いっぱい倒して、しばしまどろんだ。


初めての北海道の鉄道(2)函館市電へ




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