1972年の関西・九州行き(4)

 1972年3月の九州行き。福岡の祖母の家を拠点に、関西の大手私鉄、寝台特急「明星2号」、熊本市電、大分交通別大軌道線、長崎電気軌道を乗り歩いた。長崎から帰った翌日は、北九州の路面電車を探訪しに出かけた。まだまだ若かったのでいくらでも無理がきいた。以下は、1972年3月28日の西鉄北九州線の記録となる。

 最初に書いた通り、この時の国鉄はヨン・ナナ・サン(47年3月15日)ダイヤ改正が行なわれたばかりである。新幹線の建設は進んでいたが、まだ博多までは到達していなかった。その代わり山陽本線や九州内の国鉄線には、接続をとった特急、急行が目白押しであった。優等列車ばかりでなく、普通列車にも特徴ある列車が登場していた。それは、博多~小倉間に「特」と称する列車走り出したこと。途中、黒崎、戸畑のみに停車し、両駅間を55分で結んだのだから、料金不要の「特快」は絶大なる支持を集めた。いまのJR九州にこれを越える列車は出現していない。

 「特快」に乗ってみたいと博多駅に出かけた。ダイヤは1時間に1本である。結構間隔がひらいていた。そこで、所持していた「九州北周遊券」の特典(急行自由席はフリー)を生かして、早く来た列車に乗ることにした。

 最初は、黒崎まで行って西鉄北九州線に乗車したと思う。黒崎では駅前を電車が横切っており、町全体に活気があった。右手の電停から専用軌道になっており、次駅が黒崎車庫前だった。

 さっそく乗り込むが、直ぐに熊西。ここで下車した。かつては貞元と呼ばれていたように思うが、真っ直ぐ折尾に進む北九州線と、左分岐して直方へ行く筑豊電鉄との分岐点である。筑豊電鉄はこの時点では自前の車両を保有せず、西鉄から乗り入れてくる北九州線の車両を使って運行していた。但し、乗務員は黒崎車庫前で交替していた。熊西にいると、連接車、ボギー車あらゆる車両に出くわすことが出来た。

 熊西1009背後JR.jpg
 1000型連接車。福岡市内線との違いは排障器の形状、運転台窓ガラスに縦に桟が入っていること、高速運転のためモーター出力が大きかったこと等だろう。同じ西鉄連接車でも福岡市内線とは違いがあった。北九州営業局の管轄だったからだろうか。背後は鹿児島本線のDC急行。

熊西1041.jpg
 筑鉄線から乗り入れてきた八幡駅前行きの1041号車。釣り掛け駆動だったので盛大な唸りを上げて走っていた。 

熊西147号車.jpg
 連接車ではないタイプも走っていた。100型の147号車。ワンマン化が行なわれなかったものが多いなか、こちらはワンマン化されて比較的長く使用された。

熊西208号車.jpg
 下降窓を採用した200形208号車。折尾駅に向かってフルノッチで飛ばしている。

熊西617号車.jpg
 北九州線の主力だった600形。最後まで使用されたものは塗装変更、冷房化、大幅な車体更新工事を受けたが、この頃は普通のボギー車だった。背後に583系の「つばめ」号が通過中。

熊西620号車.jpg 
 折尾に向かう650号車。

 熊西分岐点にしばらくいたので、折尾で折り返してきた電車に出くわすようになった。この辺で引き上げる。アルバムを見ると、そのあと枝光付近の写真が出てくるので、北九州線か国鉄を使って移動したのだろう。国鉄は鹿児島本線貨物線との複々線区間だが、蒸気機関車が盛大な煙を上げて入換え作業を行なっていた。

 D60は筑豊本線の若松機関区に配属されていた。冷水峠の補機でも活躍した。1974年までには廃止されたので、最後の活躍だったのだろう。

D60 64.jpg
 D60の64号機。なんとももったいないようなシーンだが、SLには関心がなかったのでボケた写真しかない。背後は新日鉄の構内。1970年の富士製鉄との合併で新日鉄が発足してまもないころである。

枝光1010.jpg
 国鉄線に沿って西鉄枝光線が走っていた。背後の鉄橋は新日鉄専用線だったと思う。

 このあとの行動はよく覚えていないが、枝光線~戸畑線と乗り継いで魚町まで行ったようだ。周遊券を持っているので、国鉄利用だったかもしれない。1985年の北九州線廃止前に再び訪れているが、沿線はなかなか味わいのある町並みであった。

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 小倉駅前からは真直ぐな通り(平和通り)が1本南下している。いまはモノレールが走っているが、当時は西鉄北方線が通っていた。実は北方線は1960年に見ている。小学生だったが祖母に連れられて黒崎の親戚の家に行き、「小倉博」を見に行ったのである。小倉博は小倉城前の被服工廠跡地で開催されていた。その折、車体がやけに小さく、上下左右に激しくローリングしながら走る単車を見ていた。どこの電車かと思っていると、車体には西鉄のマークが付いている。見慣れぬ電車にビックリしたものだ。

 さて、西鉄北方線である。魚町電停(=小倉駅前)には2両連接車が止まっていた。但し、北九州線の連接車とは少し形態が違う。片側2ドアーだった。最後まで車掌が乗務していた。

 次々に電車がやって来る。道路を歩きながらカメラにおさめる。P誌の連載記事で台車に2種あることが解っていたので注意深く観察してみた。

西鉄北方線335BA.jpg
 西鉄北方線331形。旦過橋付近で写す。

西鉄北方線335BA中間台車.jpg
 331形は13編成あったが、日立製のものはKL12台車をはいていた。

西鉄北方線332中間台車OK.jpg
 こちらは川崎車両製。OK型台車をはいていた。ちなみに331形のモーターは、この連接台車の2軸だけにあった。

西鉄北方線343連接車.jpg
 魚町(小倉駅前)方面に向かう343号車。左手から旦過市場が始まる。

 北方線には連接車ばかりでなくボギー車も走っていた。近代的外観をしていた323形と、旧型車然とした321形があった。訪問当時はまだ稼動していた。

西鉄北方線323単車.jpg
 323形は連接車登場前に作られた車両。北方線廃止後に2両のうち1両は土佐電鉄に移籍したが、いまは香椎花園に保存してある。 

西鉄北方線322単車.jpg
 321形は1948年製だが、関門海峡を隔てて下関にあった山陽電気軌道の注文流品2両を引きついだ車両。パンタではなく、Zパンタを装備していた。

 このときは結局北方線には乗車せず、撮影しただけだった。歩いて小倉駅に戻った。

魚町銀天街電車.jpg
 北方線の魚町終点の先には標準軌の北九州線魚町電停があった。次々に電車がやってくる。

魚町1043号車.jpg
 北九州線といえば連接車。いまこの銀行はないが、町の風景はほとんど変わっていない。

 西鉄北九州線は、連接車が大量に投入され、魚町付近はかつては45秒ダイヤが組まれるほどの頻発運転だった。訪問した1972年はまだまだ繁栄を謳歌していたのだが・・・。

 小倉駅前の魚町銀天街はアーケードのある商店街だが、いまでも廃れてはいない。それより昭和33年まで小倉駅のあった現在の西小倉駅周辺は、北九州市役所が移転してきたものの、商圏としては勢いがなくなった。それは北九州市全体にいえることで、1963年の5市合併で誕生した100万都市ながら、近年は人口減少に悩まされている。今後どうなるのだろうか。

 それより、どうやって福岡まで帰ったのか、記憶がない。同時に、帰京のルートもあいまいである。岡山乗継の新幹線だったと思うが、このあと九州や関西へは何度も行っているので記憶がごっちゃになってしまっている。

 という次第なので、1972年の関西・九州行きは(4)で終わりとしたい。

*1972年の関西・九州行き(1)関西の私鉄

*1972年の関西・九州行き(2)熊本市電、豊肥本線、大分交通別大軌道線

1972年の関西・九州行き(3)長崎電気軌道


<追記>
・後日アルバムが出てきたので足跡が解った。北九州線の魚町の先は、終点の門司まで行っている。途中の手向山トンネル付近は歩いて撮影。北九州線と国鉄の両方が写っていた。

・西鉄の終点の門司は寂しいところだった。関門人道トンネルで下関へ渡ろうと思ったが、地理不案内でよく解らず、北九州線で戻っている。桟橋通りではなく、門司駅前で下車して国鉄で博多まで戻ったと思う。

・九州からの帰路は特急「つばめ」号に博多から乗車。広島で途中下車している。広島駅にはまだコインロッカーがなく、携行品一時預り所では国鉄職員が大勢で荷物をさばいていた。旅行者のオジサンが窓口でお土産だったのか一升瓶を割ってしまい、あたりに日本酒のにおいがたちこめていたことを覚えている。

・当然、広島電鉄を撮影した。連接車はあったが2両連結車はなく、まだ2000型は単行運転していた。雰囲気は今と変わらなかった。

・広島-岡山間は均一周遊券の特権で急行自由席に乗車した。153系6連の「山陽」号だったと思う。福山駅では新婚旅行の出発に出くわし、大勢の見送りのなか「瀬戸の花嫁」の音楽がホームに流れはじめ万歳が起きた。福山駅なかなかやるじゃないかと思ったものだ。発売されたばかりの頃だった。

・新幹線は岡山-新大阪間がとても混んでいたことを覚えている。このとき初めて新幹線のグリーン車に乗車した。相対的にグリーン料金が安かった時代である。席番はマルスのX型から打ち出されていたが、グリーン券は硬券で発売されていた。合算する機能がなかったのだろう。

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