初めての北海道の鉄道(4)/札幌市電

 札幌には2泊3日滞在した。初日は函館からの移動。中日は定期観光バスを利用。最終日は札樽自動車高速線を利用して小樽へ出かけた。いずれの日にも札幌市電を撮影している。

 帰路は札幌発の夜行急行「すずらん」号を利用した。青函連絡船~特急「はつかり」と乗り継いで上野へ戻ってきた。

 札幌市電は北国らしい北欧風のデザインの連接車(連結車)が走っていたが、訪問の数ヶ月後に連接車はなくなってしまった。路線は縮小された直後のため、いまの環状線部分くらいしか残っていなかったが、函館とはだいぶ様子の違う路面電車であった。

 電車事業所前に車庫があった。西4丁目とすすきのの間が切れていて、大部分の乗客が地下鉄に乗り換えていた。降車の際に乗換券が発行されたが、大人数なので時間がかかった(今も同様だが)。乗換券をせっせと集めたが、40数年を経て今は券面が判読出来なくなっている。裏の磁気は茶色だった。

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 これが見たくて札幌にきたといってもいい。北欧型の洗練されたスタイルのA320型。片側4扉に見えるが、正面運転台左側の扉は使われていない。電車事業所前で。

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 電車事業所内にA320型が止まっていた。車庫内はループ線になっていて1周できるそうだ。

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 A320型の後継であるA830型連接車。一段とスタイルが洗練された。鉄道友の会のローレル賞(1966年)を受賞している。扉は片側3箇所となった。

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 夕方ラッシュ時に備えて車庫から出庫してゆくA830型。運賃は後部扉から乗車し、連接部を通過するときに料金箱に投入する方式だった。

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 A830型は、A820型ともども、私の訪問の数ヵ月後に廃車になった。何とももったいないことをしたと思う。西線16条でボギー車と続行運転。この編成は名鉄に譲渡されて美濃町線で使われたが、その美濃町線もいまはない。

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 車庫内でM101号車を見かけた。付随車をつないで2両連結で使用された。今もM車だけは現存する。背後の藻岩山はまだ雪が積もっていた。

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 700形は札幌市電の一大特徴だった路面ディーゼルカーを電車化した車両である。気動車だった時代の路面電車に乗ってみたかった。

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 210型。西4丁目に停車中。少し先が三越で、以前は市電が十字クロスしていた。

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 220型。西線16条で。

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 240型。電車事業所前で。

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 250型。すすきので。

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 330型。西線16条で。札幌市電スタイルを確立した車両といわれている。

ささら電車.jpg
 車庫内には「ささら電車」がみえた。

 連接車は東急車輛や日本車両製だったが、旧型車に乗ると、泰和車両、藤尾鉄工所、苗穂工業などという地元の会社の銘板が付いており、興味をそそられた。

 3日間よく乗ったが、あれから40年後の2015年に西4丁目とすすきの間が結ばれ、しかもセンターリザーベーション方式で環状化が計られたことは画期的なことである。市電廃止の流れに乗らずにどこかでストップをかけておけばと思われるが、地下鉄建設工事の金利負担がいまでも続く限りは都市交通の将来はないように思われる。同じことは市バスにもいえる。

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 最終日には道南周遊券を生かして、小樽へ出かけた。国鉄バスが利用できた。しかも特急便があったので乗車してみた。自動車専用道路が開通したばかりで、バスは高速経由で運行されていた。しかし、その後中央バスに押されて国鉄バスは特急便の運行を一時やめてしまった。

 高速型のバスで小樽駅前まで乗車したが、駅舎はまだ改装まえの建物だった。今だったら小樽観光をやったと思うが、直ぐに鉄道で札幌へ引き返している。
 
小樽駅.jpg
 小樽からの帰路は、ED76ー500番台車牽引の客車列車だった。九州用のED76とは外観だけでなく、だいぶ中身が違うと思われるが、番号区分だけで製作された。

 ED76のモーター音を録音しようと、札幌到着後は再び手稲方面に乗車している。夜の函館行き発車までしばらく時間があったので時間つぶしだったのだろう。

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 札幌から東京までの帰路は、夜行急行「すずらん」号-青函連絡船26便-「はつかり」4号と乗り継いだ。函館まで昼間はDC急行や特急が走っていたが、夜は1往復だけ客車急行で運行されていた。郵便車と荷物車の本州航そうの関係だったのだろう。

 札幌発23:15分発の「すずらん」4号は、マニ+スユニ+オハネフ+ハネ+ロネ+ロの後に、スハ45系の旧型客車がつながっていた。自由席には「道南周遊券」で乗れた。機関車はDD51だったような気がする。客車の蒸気管からはさかんに暖房用の蒸気が噴き出していた。何といっても活気があった。今思うと函館までとはいえ、直角座席によく乗ったなあと思うが、当時は平気だった。ホームではワゴンを押したおじさんが弁当やお茶の販売をやっていた。

 車内ではウトウトしたと思うが、灯火に乏しくどこを走っているのかよく解らなかった。おそらく砂原回りで函館まで運ばれたのだろう。函館に到着すると、連絡船の出港まで1時間あった。駅の外へでて、函館朝市を巡ってきた。イカや魚は保冷ケースがないのでダメである。結局何も買わずに駅へ戻った。

 今度は函館駅の連絡船改札から入場した。4日前に函館で降りた折に、函館駅のN型端末で「船グリーン券」を買っていたので、一人掛けのグリーン船室におさまった。ドラが鳴り「ホタルの光」のメロディに送られて出港する。船内の案内所で色々観察すると、硬券の特急券などがおいてある。発行箇所は、八甲田丸などと船名が印刷されていた。

 3時間50分で青森に着いた。小さなタグボートが船体を横から押して着岸する。遠くには青森駅構内の列車が見えた。ハッチを見ると、荷物車と郵便車がDD13によって引き出されているところだった。国鉄の全国ネットの輸送網に感心した。

 特急「はつかり」4号は485系である。さっそく乗り込むと、満席に近かった。途中の仙台では目を凝らして町並みを眺めた。この日は4月1日、昨日で仙台市電が廃止になっている。行きに体験した仙台市電だったのでことさら哀愁を感じた。

 上野駅に着いた。3泊+2列車泊の6日間に渡る初の北海道旅行が終わった。
 
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 船グリーン券。往路で味をしめて帰りも「青函26便」のグリーン船室を利用した。

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 青森からの「はつかり」4号特急券は、V型端末のあった東京駅で購入している。

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 青森⇒上野間は485系の「はつかり」4号に乗車。583系とともに上野-青森間のエースとして活躍していた。


 初渡道の際の青函連絡船は、行きが摩周丸、帰りが十和田丸だった。いずれも保存されており、私としては懐かしい限り。後年函館観光の際に摩周丸を見学したが、案内の船員さんからとても親切に接していただいた。

初めての北海道の鉄道(1)/仙台市電
初めての北海道の鉄道(2)/函館市電
初めての北海道の鉄道(3)/国鉄北海道総局





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