初めての北海道の鉄道(2)/函館市電

 青森~函館間は3時間50分の船旅だった。1976年3月28日、静寂だった船内にどこからともなくカッコーの鳴き声が聞こえてきた。そしてだんだん大きくなり、やがてカッコーワルツの音楽に変わった。

 船内の案内放送では「ただいま案内所では函館から連絡する『おおぞら』号、『北海』号の『りっせき(立席)特急券』を発売しています。」との放送が流れていた。立席を「りっせき」と呼びぶことを改めて認識した。

 接岸の様子をデッキから見ていると、業務用スピーカーから「3m、2m、1m・・」と呼びかけている。やがてハッチが開けられて一斉に下船が始まった。走らなくてもいいのに皆さん足早である。私は函館本線には乗り継がず函館で降りる。通路を歩いていると途中に「連絡船改札口」があった。ここから出場しようと思ったが、それでは「道南周遊券」のA券片(往路)が手元に残らない。そのまま鉄道ホームまで進むと階段があり、鉄道駅の跨線橋を渡ると函館駅の本屋に出た。ここから出場する。

 連絡船も国鉄職員であるが、どういう職制になっているのか疑問に感じた。後年の知識だが、みなさん商船学校を出てから国鉄に入られたとのことである。函館駅の入場券には、「旅客車又は連絡船内に立ち入ることはできません」と書かれていた。 

函館駅硬券類.jpg

 外へ出てみたが、まだ早朝過ぎて市電の運行は始まっていない。しばらく函館朝市をぶらついてくる。当時から観光化されており、いささか客引きが強引であった。それでも、近郷近在の担ぎ屋のおばさんが個人で出している区画はほのぼのとした暖かみがあった。といっても生鮮品はじめ、まだ北海道に到着したばかりなので買うわけにはゆかない。

 市電の電停に行くと、電車が止まっていた。500型という無骨な感じの車両であった。乗り込むと暖かい。暖房が入っているのだ。さすが北海道だと感心した。灯油臭かったので、電気ヒーターではなく灯油温風ヒーターだったのだろう。

 まずは、駒場車庫方面に向かう。松風町~五稜郭公園前と一番のメインストリートを通過する。電車が元気なのが一番の印象だった、駒場車庫を外からのぞくと除雪車が見えた。灯油のタンクもあり、暖房機のからくりが解った。

 終点の湯の川は朝通勤の人たちで混雑していた。それでも人の混み具合は東京の比ではなかった。

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 函館市電800型。駒場車庫前で。いまは8000型に更新されている。

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 駒場車庫を外から眺める。

湯の川終点.jpg
 終点の湯の川。あたりは今と変わらない風景である。

 終点湯の川から引き返す。五稜郭公園前で下車して、ガス会社方面に乗り換える。ガス会社前でさらに五稜郭駅前行きに乗り換えた。いまは五稜郭駅方面の路線はなくなっている。国鉄と並走するような形で終点の五稜郭駅前に着く。ここでぜひ見ておきたいものがあった。それは国鉄からの引込み線が市電の線路と平面交差するのだ。鉄道工場への引込み線とのことだが、しばらく待ったが列車はこなかった。

五稜郭駅前.jpg
 国鉄の五稜郭駅前電停。いま歩道橋はなくなっている。

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 鉄道工場前ー五稜郭駅前間にあった国鉄との平面交差。

 五稜郭駅前から函館駅前まで戻り、さらに終点の函館ドック前まで乗車する。途中で函駅、松風町、宝来町と経由し、今はなくなってしまった東雲線にも乗っている。

 函館ドック前は工場街というより、函館山麓の静かな住宅街だった。結構なお客さんが乗っていた。いまは「函館どつく前」と表記方法が変わっている。ドック前から十字街を経由して終点の谷地頭まで乗車した。十字街にはドック⇔谷地頭を結ぶ連絡線があった。

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 北海道最西端の駅、函館ドック前。

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 函館ドック付近を行く500型。新塗装になっている。

末広町500型.jpg
 末広町の相馬の横を行く500型。

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 十字街交差点。手前の連絡線はなくなっている。かつてはドック-宝来町-松風町ー五稜郭公園-ガス会社-五稜郭駅前系統などが通過していた。

十字街丸井今井.jpg
 かつては十字街にあった丸井今井百貨店の建物。重厚な感じの建物だった。

谷地頭807.jpg
 終点の谷地頭に停車中の800型。

 この後、中心街に戻ってデパートなどを散策した。まだ棒二森屋が営業していた。松風町には函館バスの待合所があり、構内の食堂で初めてサッポロラーメンを食べた。とんこつか醤油かしか知らなかったので、塩味のスープが珍しかったことを覚えている。いま松風町を歩くと空地だらけだが、当時は一番繁栄していた時代である。

 宿泊はその向いにあるビジネスホテル。ネットなどない時代だったので、大型時刻表の後に付いているビジネスホテルチェーン一覧で予約した。ジューキミシン?の小会社が経営していた。

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 函館市電の回数券。まだ市バスもあったので共通券である。運賃は均一だった。

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 市電の乗換券は一番上に日付が印刷されていた。

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 午前と午後を赤字と黒字で区別していた。系統ごとに色とデザインが違うので蒐集するのはたいへんだった。


松風町ホテルから.jpg
 ホテル上層階から市街地を眺める。松風町交差点は賑やかだった。右に曲がると函館駅だが、直進するルートが東雲線である。

 翌日は函館から札幌へ向かう。ホテルの朝食はバイキングではなかったが、テーブルにボーイさんがパンのお代わりを籠ごと持ってきたので残さず食べた。まだ23歳だったのでもりもり食べられた。このときのコーヒーとフランスパンは忘れられない。

 函館市電はよくがんばって運行されてきた。私が乗った1976年以後に廃止された区間は、ガス会社前-五稜郭駅前間が1978年11月、宝来町-松風町間が1992年4月、そして、函駅-ガス会社前~五稜郭公園前間が1993年4月である。しかし、それ以後バタバタと廃止されることなく、よく持ちこたえている。軽快電車も登場しているので、大丈夫だろうと期待している。

 しかし、初めて乗ったときの函館の町の活気がすっかり衰えていることは気がかりである。北海道新幹線の開業はさしたる効果をもたらしておらず、函駅周辺の空洞化は残念なことである。


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