葛飾柴又の「川甚」閉店

 葛飾柴又の川魚料理の老舗「川甚」が1月31日限りで閉店するとメディア各紙が伝えている。柴又帝釈天の名物、フーテンの寅さん、山田洋次監督などとともに、柴又の名物が消えることになる。

 江戸川の堤防が近代化される前、川に張り出すように店を構えていた川甚は、川魚料理が名物で、多くの文人や著名人に愛された下町随一の料亭だった。ここで結婚式を挙げた人も多い。劇中の設定だが、寅さんの妹のさくらと博もそうである。・・というわけで、柴又は6月に訪問したばかりだったが、きょう改めて川甚の玄関前まで一往復してきた。

 都心から都営浅草線の快速佐倉行きに乗車。高砂で下車すると2分余で金町行きに接続した。本線は20分サイクル、金町線は15分サイクルなので、接続がパターン化されていないのが難だが、直ぐに電車が来ることには間違いない。きょうの金町線は3500型4連と3600型4連(通称ターボ君)の2本が運用に入っていた。 
 
 3600型4連車に乗る。3600型4連は6連→8連の編成替えの際に余ったTc車を電装して誕生した車種である。3700型と同じVVVF制御で走る。総合車両製作所で新製された車両を受け取りに4連で京急線まで入ることもある。普段は宗吾参道~芝山千代田や金町線で使われている。全M編成なのでターボ君の愛称がつけられている。走行音は通常の3600型の界磁チョッパ音ではなく、VVVF制御の小気味いい音がする。

 柴又で下車して参道を帝釈天まで歩く。ここは日蓮宗のお寺である。お賽銭をあげたあと、本堂の裏手、江戸川の堤防に接するように建つ「川甚」に着いた。左手が本館、右手が新館である。玄関先に出ていたメニューを見ると、ウナ重は松竹梅と三段階のお値段(3,300円~)、その他お座敷で食べる川魚料理のコースとなっていた。そして、1月末の閉店まで予約でいっぱいだそうだ。

 取って返して、参道の高木屋で草ダンゴを購入。あすお茶受けで食べよう。京成の柴又駅構内は川甚の広告でいっぱいだが、踏切警報機が鳴り出したのでホームへ急ぐ。車掌さんはホームへ駆け上がってくる乗客を待って笛を吹いた。

 前にも書いたが、川甚の先代の女将は、私の高校の同窓生である。なかなかさばけた人で、料亭は女将で決まるの典型例だった。しかし、コロナ経済の停滞は柴又一の店がなくなるほどの影響をもたらした。はとバスコースなどにもなっていたが、店に体力があるうちに閉店を決めたとのこと。多くの市井の人に愛された店の閉店は無念だったと推察される。

柴又駅下りホーム.jpg 高砂~柴又間は3600型4連ターボ君に乗った。高砂駅高架ホームと金町駅は4連しか入れないが、柴又駅には6連が停車できる。昨年10月末に赤帯1本に戻された3600型編成が連絡線を使って柴又駅まで入線している。

柴又駅舎.jpg 駅舎の右側に京成が店舗を建設していた。まわりとの調和を考えて一部平屋建てとなっていた。柴又駅名票の「又」には、「叉」の字が使われている。大晦日から元旦にかけての初詣輸送も、成田山と並ぶ京成の収入源の一つである。近年は行なわれていないが、京急川崎~金町間には京急1000型の4連運行で初詣電車が運行されていた。

柴又帝釈天参道.jpg 駅前から参道が始まる。川千家、ゑびす家など大きなウナギ屋さんが2~3軒ある。

川甚1.jpg 帝釈天の裏手の一番奥まった堤防沿いに「川甚」はある。

川甚2.jpg 右が新館、左が本館となっている。


 6月の柴又探訪は緊急事態宣言解除直後だったが、ほとんど人がいなかった。今回は宣言が発令されたばかりというのに、結構な人出である。緊張感がなくなってきているからだろう。当分終息しないのではないかと思われる。

 
 

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