日比谷線「虎ノ門ヒルズ駅」開業

 6月6日(土)から、東京メトロ日比谷線・神谷町駅 -霞ヶ関駅間に「虎ノ門ヒルズ」駅が開業した。きょう4日遅れで訪問してきた。

 銀座線虎ノ門駅が乗り換え駅(60分以内)となったので、ここで乗り換えてみた。但し、改札はつながっておらず、徒歩連絡となる。まずは改札係員に道順を聞いてみた。

「どちらへ行かれますか?」
「北千住方面へ。」
「それなら銀座駅で乗り換えたほうが便利です。ここだといったん地上へ出て歩きます。」

銀座線虎ノ門駅ホーム.jpg 銀座線虎ノ門駅で乗り換える。掲示が出ていたがよく解らなかった。


 ごもっともである。それでも地図をくれたので、それを基に地上へ上がってみた。文部科学省の直ぐ脇である。反対側の歩道に渡りたかったが、道幅が広くて横断は信号機と横断歩道のあるところでないと出来ない。

 かなり迂回してあてずっぽうに歩いていたら、虎ノ門病院の正面玄関前を通過した。だいぶ外れてしまったようだ。ちなみに、虎ノ門病院は国家公務員共済組合連合会の運営する病院で、アメリカのライシャワー駐日大使が19歳の少年に刺されたときに担ぎ込まれた病院である。当時の日本は売血制度に頼っており、輸血が原因で大使は肝炎になってしまった。これを機に日本で献血制度が始まるのである。

 きょうは虎ノ門病院が目的地ではない。虎ノ門ヒルズ駅である。建設中のビル群が見えたのでそちらへ行くと、東京メトロ・虎ノ門ヒルズ駅の仮駅舎に着いた。信号でかなり長い時間待たされたのち入口に向かうと、プラカードを持った案内係の方がおられ、ここは中目黒方面行き(A線)の出入口だという。

日比谷線虎ノ門ヒルズ駅B線.jpg ビル建設現場の一角に仮駅のような感じてA線の出入口があった。

 もう一度長い信号を待って反対側に行く。今度こそ北千住方面行きホーム(B線)の入口に着いた。階段を降りるとホームが見えた。30度を越える猛暑日だったので、大汗をかいた。

 虎ノ門ヒルズ駅はまだ完全な形では開業しておらず、上下線(A-B線)それぞれに分かれて改札がある。たいへん不便な駅なのである。銀座線虎ノ門駅からは地下通路が出来ているが、それは中目黒方面行きだけ。北千住方面にはいったん地上に出て横断歩道を渡らなくてはならない。完成すればいまのホーム構築物の真下の地下2階部分にコンコースが出来るらしい。来年の東京五輪には当然ながら間に合わない。

日比谷線虎ノ門ヒルズ駅A線.jpg B線の改札口も建設現場の中に埋没していて目立たない。

日比谷線虎ノ門ヒルズ駅A線改札口.jpg 日比谷線自体が浅い地下なので、階段を降りるとホームは直ぐだった。

日比谷線虎ノ門ヒルズ駅A線ホーム.jpg 相対式ホームは地下トンネルの一方の壁を破って柱で支える方式で建設されたようだ。東西線の南砂町と同様の方式か。

 虎ノ門ヒルズからは東武線直通・南栗橋行きに乗車。やって来た電車は東武鉄道の70000形だった。乗車してみると霞ヶ関や東銀座などの直角に曲がるカーブでも安定した乗り心地だった。以前はキーキーと盛大な金属音を立てていた。東武2000系の時代からみると大きな技術の進歩である。車端のメーカー票をみると「近畿車輛」製だった。東武が近車から車両を入れたのは初めてのことではないか。

 ところで、東武車の日比谷線内での事故には大きなものが2回あり、1968年1月27日の神谷町での全焼事故(2000系)、2000年3月8日の中目黒での側面衝突事故(20000型)と2度の事故を経験している。東京メトロになってからの日比谷線では大きな事故は起きていないが、安全が何にもましての最優先事項。オリンピックを前に、無事故であることを願っている。

東武2362号車.jpg 全焼した東武2362号車は長らく北春日部の電留線に留め置かれていた。中学の同級生のSクンが撮影していた。(1970年頃撮影)

東武2362側面.jpg 2362号車を横から見たところ。証拠物件だったのだろうか。




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