初めての鉄道写真

筑鉄鉄橋.jpg 筑豊電鉄遠賀川橋梁(1960.6月ごろ)

 これは私が生まれて初めて撮った鉄道写真である。場所は福岡県直方市の筑豊電鉄・遠賀川橋梁。筑豊電鉄は1956.3.21に北九州線の貞元(現・熊西)~筑豊中間が部分開業。1958.4.29に小屋瀬まで、1959.9.18に筑豊直方までが開業した。撮影したのは私が小学生のときだから、直方延長開業後、まだ1年経っておらず、遠賀川の橋脚のコンクリートが真新しい。

 当時、私たち家族は福岡県飯塚市の新飯塚駅前に居住していた。ある日、父が私をバイクに乗せて直方まで遠出した。飯塚同様直方も炭坑の町としてたいそう栄えていた。町並みの記憶はないのだが、時おり見かけた鉄道線路には蒸気機関車がセラ型貨車(石炭運搬車)を引いて複々線(複線ではない!)の線路を驀進していた。貨物はD60、旅客はC55など珍しい機種が走っていた。写真を撮っておかなかったのは残念である。

 直方では遠賀川の河川敷で何と父が後部座席に乗ってハンドル操作し、私がバイクを運転して遊んだ。遠賀川には前年延長されたばかりの筑豊電鉄が走っていた。電車といえば福岡市内線しか馴染みがなかったが、幼稚園の遠足で折尾から到津遊園まで乗車したことがあったので、北九州に電車があることは認識していた(と思う)。やってくる電車は路面電車スタイルで連接車もあったと思うが、カメラで捕えたのは単車であった。66型か100形だと思う。側窓の数で判別できるのだが、ぼやけているので解らない。自分で電車の写真を撮ったのはこのときが初めてのことであった。

 筑鉄遠賀川鉄橋2.jpg 筑鉄遠賀川橋梁下でカブ号に跨るわたし。胸のバッジは学級委員のもの。飯塚市立・立岩小学校2年次の1学期は私が務めた。

 飯塚から直方への往復は、父がHONDAのスーパーカブに私を後ろに乗せて走った。砂利道だった。しかし、父はまだ20代だったので結構飛ばしていた。振り落とされないように必死にしがみついていたのを覚えている。スーパーカブは本田技研が前年度から発売し始めた名車中の名車であった。

 帰路にどこをどう走ったかは解らないのだが、架線が張られた線路を越えた。筑豊の国鉄はまだ電化前のことなので、あれは何だろうと色めき立った。電車は西鉄以外にはないハズだ。疑問はそのままだったが、近年になって、三菱鯰田五坑専用線だと解った。筑豊本線の鯰田から後藤寺線の下鴨生までを結ぶ石炭運搬のための専用軌道で、電化されていた。斜陽化が始まってはいたが、まだまだ筑豊の炭坑はどこも元気だった。

三菱鯰田五坑専用線跡のHP







 

 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 3

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い 面白い

この記事へのコメント