三池鉄道(三井化学専用線)廃止に! 

三池20t電車.jpg 現在三川坑跡に保存されている20t電車。

 3/1付の西日本新聞によれば、福岡県大牟田市に現存する貨物専用鉄道=三井化学専用線(三池鉄道)1.8キロが、操業方式の変更にともない、5月に廃止になることが解った。JR鹿児島本線大牟田駅構内の仮屋川操車場から単線ながら直流600Vで電化された産業鉄道である。化学工場内に達する路線のため、引火の危険があるディーゼル機関車は使えず、電気機関車による牽引が100年に渡って続けられてきた。JRと連絡する仮屋川操車場から宮浦駅までは架線から電気を取り入れるが、三井化学工場内へは架線とパンタとのスパーク等の危険からパンタを下ろし、蓄電池車から電気を取って走行していた。一時は地方鉄道法に基づく鉄道で、時刻表にも掲載されていた。電気機関車がバンバン走り、国鉄よりずっと近代的だった。1997年の三井炭鉱閉山以後は、宮原以遠の廃線跡が世界遺産になっている。

 いまは三井化学専用線となっているが、元々は三池炭鉱の石炭輸送のために建設された炭鉱鉄道(三井石炭鉱業→三井三池工務所)であった。大牟田市街地の東方を大きく迂回する形で、三池浜を起点に、西鉄栄町駅(旧駅)付近で西鉄と鹿児島本線をオーバーパス、仮屋川操車場からの国鉄大牟田駅連絡の旭町駅連絡線と合流して、宮浦駅~宮原駅~万田駅~原万田駅~国鉄荒尾駅北側で鹿児島本線オーバーパス~四つ山駅~三池港駅と4分の3周する。また原万田駅から分岐する玉名線(これは旅客輸送=終点付近に大きな炭住街があった)、国鉄連絡のための荒尾駅連絡線、その他無数の引込み線があった。

 私は小学校5年生まで大牟田に住んでいたので三池鉄道は身近な存在だったが、当時は三池炭鉱の関係者と家族しか乗れず乗車の機会はなかった。三池炭鉱が閉山した1997年以後は三井化学への硝酸輸送のために存続してきた。今回鹿児島本線・黒崎駅発(三菱ケミカル黒崎事業所)のJR貨物による貨車輸送が廃止され、今後は三池港経由の船舶輸送に切り替わるとのこと。
 
 電気機関車なのに蓄電池車から電気を取る方式を初めて見たのは、子供の時であった。NHK九州のテレビ番組「九州こどもホール」で郷土の風景を写真で紹介するコーナーに出演が決まり、父が撮影のために工場内に入る交渉をしてくれた。その時、本線では見られない東洋高圧(今の三井化学)の専用線で20t電車がパンタをたたんだまま走行している姿にビックリ! どうやって走るのだろうかと会社の案内の方に聞いたら蓄電池車の存在を教えてくれた。でも、電池といえば懐中電灯くらいの意識しかなかったので、電気機関車を動かすほどのパワーがあるとは信じられない思いであった。番組では写真は4枚しか紹介できず、結局20t電車の写真はボツになったが、マニアックな写真であることは間違いなかった。

 この鉄道では100年以上に渡って電気機関車(地元では電車と呼ばれていた)による輸送が行なわれ、45t電車と20t電車が開業以来の姿のままで使われてきた。産業考古学の観点からは明治~大正~昭和~平成~令和時代の”生きた博物館”なのだが、廃止が現実のものになってしまった。誠に残念なことである。

 三池鉱山閉山前の1990年8月にはJRから14系客車を2両借りてきて、三池浜~三池港間に「大蛇山シティ未来号」なる臨時の旅客列車が走った。45t電車が牽引して7往復運転されたとのことで、ぜひ一度乗ってみたかったと思っている。今回も廃止前に最後の旅客輸送(臨時免許で)が行なわれないだろうか。


ありがとう炭鉱電車プロジェクト(三井化学の特設ページ)

西日本新聞のHP(廃止を伝える3/1付記事)
炭鉄本館のHP(三池鉄道の詳細な記録です)

大牟田世界遺産の旅(2013年)
三池鉄道廃線跡ウオーキング(2013年)
大蛇山シテイ未来号(あまから亭さんのブログです)

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この記事へのコメント

QJ7000
2020年03月03日 12:35
100年続いた鉄道もついに廃止ですか。今までよく残ったと思います。硝酸の国内生産を止めるのが理由というのが、今の日本の製造業の現実みたいで寂しいですね。
railway
2020年03月03日 16:47
QJ7000様、 書き込みありがとうございました。コストの問題で日本が製造業から撤退してゆくのは大変残念なことと思います。三井の本業だった石炭も、全盛期より需要はあるのに、国内産を使わず、輸入炭になってしまいましたね。国内炭で石炭化学工業が継続されていれば、三池鉄道はかつてより盛業だったかも知れません。日本の炭田には、まだまだ未曾有の石炭が眠っています。