1964年東京オリンピック記念乗車券

 55年ぶりの東京オリンピック。私たち家族は前年に福岡から東京へ出てきたばかりで、私は墨田区立両国小学校の6年生でした。日本は高度成長が始まったばかりで、社会にはあちこちで歪みが出始めていました。何と言ってもオリンピックを前に、東京は極端な水不足に陥り、隅田川から西の都心部や山の手では時間給水が始まりました。多摩川水系の小河内ダムが干上がってしまったのです。

 そんな中で東京の交通網は、銀座線と丸の内線、それに開幕1ヶ月前に全通した日比谷線、都営地下鉄(1号線=現浅草線)の部分開業以外は、都電と都バスしかありませんでした。東京のちょっとした通りには都電が走っていました。バスも都電も車掌が乗務しており、ワンマンではありません。

 オリンピックの期間中、車掌が車内で売っている乗車券は、いつもの小さな車内券ではなく、すべて記念乗車券に変わりました。今のように営業所などで枚数限定で発売される企画ものではなく、日常的に記念キップが売られていました。これは今から考えると驚くべきことかもしれません。しかし、記念行事に祝意を示すという意味からは、正しい発行方式だったといえましょう。

 画像でお目にかけましょう。

五輪きっぷ.jpg

 一番上は東京オリンピックの記念乗車券ではありません。オリンピックの前年に、都営地下鉄が東銀座から新橋まで延長開業した昭和38年12月12日に発売された都営地下鉄の記念乗車券です。当時の乗車券は自動券売機はほとんどなく、有人窓口発売です。そこで通常の硬券キップに代えて、このような記念乗車券が発売されていました。いい時代でした。ちなみに20円というのが時代を感じさせます。国電は10円でした。この方式が五輪キップにもそのまま適用されました。

 オリンピック開催期間中は、都電・都バスとも下の様式の記念乗車券を車掌が発券していました。都電、都バスとも15円です。どうやって手に入れたのか記憶がありません。車内で子供券ではなく、親と一緒に乗車したときに大人券を買ったものと思います。車掌さんが「持っていっていいよ」とくれたのでしょう。当時から都電の車掌さんは親切でした。

 東京オリンピックの際には国鉄や私鉄でも記念券が発行されたと思いますが、そもそもキップを集めるという意識がなかったので手元にありません。見た記憶もありません。

 さて、今年の秋にはどんな記念乗車券が発行されるのでしょうか。ファンのためのイベントではなく、一般の人々の手元に残る方法はないものでしょうか。




 

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