JALパック(熊本・福岡行き)2

(2日目)
・熊本9:27(九州新幹線さくら372号)→10:04博多   *N700系8連JR九州車(787-8004に乗車)
・博多駅(徒歩)→ホテル
・博多駅10;27(快速・西唐津行き)→大濠公園  *305系6連
・大濠公園駅(徒歩)→六本松駅
・六本松11:31(地下鉄)→天神南
・天神南駅(徒歩)→平和楼(昼食)→天神
・天神13:03(地下鉄貝塚行き)→箱崎宮前  *1000型6連(1131に乗車)
・箱崎宮前(地下鉄)→中洲川端
・中洲川端駅(徒歩)→川端ぜんざい→キャナルシテイ→博多駅阪急→ホテル→博多華味鶏筑紫口店(水炊き)


 翌朝の目覚めは快調だ。食事前に駅前を散策する。熊本駅前は九州新幹線開業時に市電の電停が構内に引き込まれ大変便利になったが、旧駅ビルなどはそのままであった。いまは駅前を取り囲む形で新しい建物に建て直されている。駅裏も再開発の最中であった。


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 駅前プロムナードで電車を待っていると連接車がやって来た。

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 こんな感じで駅前電停に入ってゆく。

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 朝陽を浴びて単車がまぶしい。

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 昭和30年代の電車とは思えない外観である。

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 駅前付近はセンターポール方式が採用されている。架線もシンプルカテナリー電車線だ。


 昨日発見した架線柱の鉄柱が気になったので歩いて見学に行く。2停留所市街地の方へ行ったところに祗園橋という停留所があり、そこから城下町特有の鍵型に曲がった街並みが始まっていた。ここから先呉服町電停付近まで架線柱は鉄骨作りであった。通りの反対側には鉄柱が残っておらず、片側だけに現存している。

 それにしても見事である。路面電車の架線柱は電力会社の電柱を借用しているのが普通だと思うが、ここは自前で建てたらしい。阪堺の天王寺付近にもあったと思うが、あちらは塗装票があって年代が解る。こちらで塗装票を探したが見つけられなかった。

 自動車がまだほとんど通らないのと、ダイヤが密なので、見学には事欠かなかった。早朝に充実した見学を終えてホテルに戻った。

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 歩いて祗園橋方向に行く。途中で連接車に出会ったが、センターポールに被ってしまった。

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 右側に白い鉄柱が見える。

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 鉄柱にめぐり合う。

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 カギ形になった呉服町の電車通りに入ってゆく。

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 旧城下町特有の街並みと鉄柱の架線柱、そこの連接車はやってきた。

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 反対側を眺める。前方は白川の堤防だ。

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 またまた連接車がやって来た。

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 近代的な車両と鉄柱との対照が面白い。

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 ホテルに戻る途中で最後の一枚。


 ルートインの朝食バイキングは30分ごとの時間差帯でさばいていた。7時10分からの食券をもって1Fの朝食会場に出かけた。列が出来ていたが大混雑ではなかった。

 9時前にチェックアウトして駅に向かった。九州新幹線のネットきっぷを予約していたので、前日に券売機で引き換えておいた。当日では行列ができているのではないかと心配していたのだが、大したことはなかった。新幹線改札の脇に、改札内外から入れる太平燕(タイピーエン)の店があった。一度食べてみたいと思ってはいるが、まだ果たせていない。

 乗車する新幹線ホームにあがると、どこからか蒸気機関車の音がしてくる。隣の在来線ホームにSL「人吉号」が止まっているらしい。久々に石炭のかおりを嗅いだ。やがて鹿児島中央から「さくら372号」が入ってきた。N700系8000番台車(JR九州車)の8連である。普通車も2-2シートになっているが、自由席車は2-3のまま。10連休なので通路やデッキまで人であふれていた。1ヶ月前の発売とともに売り切れていたので、指定席を確保しておいてよかった。

 車内販売や車内改札はなし。新玉名、新大牟田、船小屋を通過して、久留米に止まる。でも乗降はほどんどなかった。新鳥栖は長崎本線との接続のため停車するようだが、久留米以上に人がいなかった。脊振山をトンネルで抜けると福岡市内が広がった。熊本から30分余で博多に着いた。いやはや早くなったものである。

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 N700系8000番台のさくら号がやってきた。連休で大混雑している。

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 JR西日本車との共通塗装がいい。


 博多駅は大混雑していた。有人改札口をキップに無効印を押してもらって出場した。いったんホテルに立ち寄って荷物を預けた。身軽になったところで、福岡市営地下鉄に乗車する。やってきたのはJR九州車の305系6連である。インテリアがなかなか凝っている。連休の行楽客で大混雑していたが、天神で座れた。

 大濠公園で下車。地上に上がって公園内の池の中洲を六本松方面に歩く。NHKが移転してきていた。福大付属大濠高校の正門を横切って裏手に回る。叔父叔母の住んでいたところを訪問したが、2年前に続いてまたしても家を特定することはできなかった。

 六本松交差点に出ると、九大教養部跡が再開発されて大きなビルが出現していた。通り側に商業施設、奥に法務庁舎と裁判所などが建ち、かつての六本松のイメージではなくなっていた。いまや副都心といえる。

 地下鉄七隈線に乗車して天神南まで運ばれる。階段を上がったところに警固神社がある。わが父母はここで結婚式を挙げた。境内に入ると、ちょうど挙式を終えた親族の方々がタクシーで移動するところだった。岩田屋を眺めたあと、お隣の中華料理の老舗・平和楼に入って、ちゃんぽんと皿うどんで昼食をとった。とても美味しかった。

 昼食の後は箱崎に向かう。地下鉄空港線から貝塚線への直通列車だったので、天神を出るとポイントを渡り、上下2層式の中洲川端駅貝塚線ホームに入っていった。ここは見落とししまいがちな連絡線である。折返し電車のための引上げ線があり、ここを乗れる営業電車が運転されるといい。

 地下鉄の箱崎宮前で下車する。正月の初もうで客に備えて、臨時の改札口が多数並んでいた。臨時口は自動改札機ではないので、どうやって乗客をさばくのだろうか。地上に上がると参道ではフリーマーケットをやっており、賑わいがあった。途中横切った道路は、かつての西鉄福岡市内線(貫線)の廃線跡である。いまは西鉄バスが走っている。海側に歩くと、もう一つの福岡市内線(貝塚線)の箱崎浜駅があった。

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 かつて九大の教養部があった六本松キャンパスは、法務庁舎に変身していた。

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 天神に戻って平和楼で昼食をとった。ちゃんぽんと皿うどんの他に、クラゲの酢の物を注文した。絶品であった。

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 数十年ぶりに箱崎宮へ行く。参道ではフリーマーケットが行なわれていた。

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 参道と交差するバス専用道路。かつての西鉄福岡市内線が専用軌道で走っていたのだ。


 箱崎にお参りして再び地下鉄に乗車。今度は中洲川端で下車して川端商店街を散策する。各地で中心街のアーケードが廃れているが、ここは健在である。途中に川端ぜんざい広場の店があり、ちょっと立ち寄る。もっともかつての店舗はなくなり、跡地の広場で週末のみ真空パックのぜんざいを温めて供している。

 店舗があった時代の川端ぜんざいは、太ったおじさんがどんぶりのぜんざいを運んでいた。指がどんぶりの中に入っていたものだ。たくわんのざく切りがボールに山となって食べ放題だった。

 川端商店街の終わりは、はかた祇園山笠で有名な櫛田神社に繋がっている。ちょうど社殿では結婚式が行われていた。櫛田神社からキャナルシテイをながめ、博多駅まで戻ってきた。かなり歩いたので、結構へばった。博多阪急で買い物をしてホテルに戻り、休憩。

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 川端商店街を歩く。川端ぜんざい広場には博多山笠が展示してある。

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 これが川端ぜんざい500円なり。

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 櫛田神社に立ち寄って山笠を見物。


 予約しておいた博多華味鶏筑紫口店へでかけた。水炊きの店である。コース料理なのだが、JALビックリオプション券1000円で食べられる。店の取り分がどうなっているのかは解らないが、個室風の一角に案内されて仲居さんがかいがいしくお給仕してくれた。

 料理自体はビックリ価格だったのだが、飲み物などは別。焼酎などのんで5000円余を支払ってきた。ホテルに数分で戻り、ゆったりと缶ビールなど開けるとまたしても眠くなってきた。

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 夜はJALビックリオプションで、水炊きのコース料理を食べた。これは先付けである。右手前は博多名物の「おきゅうと」。

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 最後のぞうすいまで残さずに食べた。


 夜半から雨が降り出して来た。あすは、クラブツーリズムの日帰りツアーに参加して山口県まで出かけてくる。

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