熊谷行き

 23日に熊谷へ行った。高崎線の往復だけでは面白味がないので、往路は羽生~秩父鉄道経由で行って来た。

 京成線関屋~東武線牛田乗換えで羽生まで乗車したが、久しぶりの東武鉄道の旅であった。乗車した10000系が複々線区間で目いっぱい力行するとモーターが大きく唸った。103系が東海道線を爆走するような感じだ。余裕がないのだろうか。羽生で秩父鉄道に乗り換えた。

 羽生駅の東武窓口には3000部発売された「SL復元機搬入記念乗車券」が残っていた。12月3日が発売日だった。東武2機目の蒸気機関車は国鉄ではなく、旧・江若鉄道のC11の1号機だ。保存されていたこと自体が奇跡に近いが、復活できるとは素晴らしいことだ。

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 硬券4枚組みの東武SL復元記念乗車券だ。


 秩父窓口には自動券売機があるが、熊谷までの乗車券+急行券を有人窓口で求める。当然のように硬券だ。但し、改札口では入鋏ではなくスタンプバーだった。

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 羽生で乗り換えた秩父鉄道は、急行「秩父路3号」だった。元西武・新101系からの改造車6000系3連である(6003-6103-6203)。羽生を9:30分に発車した。

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 乗車には急行券が必要である。窓口で硬券の急行券と乗車券を購入して乗車した。

 ホームに降りると旧西武101系を改造した6000系3連が止まっていた。運転士一人のワンマン運行のようで、折返し準備に余念がない。ガラガラで先頭車の運転台直後の座席も当然空いていた。座ってみたが仕切り窓の下部が高いので前面展望が全く利かない。客室の中ほどに座りなおした。


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 新101系の中間扉はきれいに埋められて座席になっていた。

 西武101系は3ドアーだったが、中間扉を塞いで客室化してある。他の窓は2段窓だが、ここだけハメ殺しになっていた。外観上は不具合があるが、乗ってみたら違和感はなかった。


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 車内は西武10000系から転用された座席を向い合せに並べてある。少しだけだがリクライニングも出来た。なかなか良く改造したあとがうかがえた。

 座席は特急車からの転用の座席を4人向き合いに並べてある。転換は出来ないが、何とリクライニングできた。熊谷までの停車駅は行田市だけだ。単線だが東武と違って交換駅は通過できる。踏切には緩急行選別装置があるらしい。武州荒木では右側通行で入線する。対向列車があるので運転停車だ。停車したので構内を観察できたが、この駅には交換設備の他に、外側に貨物列車用と思われる通過線が敷かれていた。この区間ではセメント輸送は行なっていないので、東武の本線~東上線回送列車などに使われるのだろう。ぜひここを走る列車に乗ってみたいものだ。


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 熊谷に着いた。ここで下車する。6000系は秩父色塗装で、ワンマン運転である。

 熊谷に着いた。ここで下車する。運転士が交替した。改札口に上がると、直ぐ前の女性(鉄子さん?)が係員にきっぷを所望していた。無効印が押されたが、私も同様にお願いした。係員は裏面に押印していたが、なかなか気が利く駅員さんだ。
 熊谷駅から国際十王交通バスで熊谷ドームまで往復。帰りは臨時運行のバスに乗車した。高崎線では籠原増結の後部5両に乗車。東京まで大した混雑なく乗車できた。同じグループのYさんとお話しながらの旅だったが、Yさんのお父上は旧国鉄にお勤めだったことが判明した。それも名門東京車掌区でブルートレインに乗務されていたとのこと。子供のころ、開業前の東海道新幹線に乗せてもらったことなど、大いに話が弾んだ。


・八千代台7:28(京成快速・特急上野行き)→青砥
・青砥(普通上野行き)→関屋
・牛田8:12(区間急行・館林行き)→9:18羽生  *10000系8連(11251に乗車) 
・羽生9:30(急行秩父路3号)→9:49熊谷  *6000系3連(6203に乗車)
・熊谷駅10:10(国際十王交通)→熊谷ラグビー場入口
・熊谷ラグビー場14:15(国際十王交通)→熊谷駅
・熊谷14:36(上野東京ライン)→東京  
・東京15:55(総武快速線・上総一ノ宮行き)→船橋
・船橋16:25(快速・佐倉行き)→八千代台  

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