養老鉄道D25編成が東方操車場(台車振替場)へ入る(1)

 このブログは画像のみです。紀行記は、鉄道のページでご覧下さい。


画像
 養老鉄道で東方操車場(台車振替場)へ入るイベントが催されました。乗客を乗せたままこの操車場へ入ったのはおそらく初めてのことだったと思います。

画像
 帰路の西大垣車庫には、取って代わる東急7700系が留置されていました。


  **********************************************

 ここから当日の行程にそってレポートします。

画像
 きょうは岐阜に9時半過ぎに到着できればいい。しかし、東京は6:30分発の「のぞみ」号を利用しました。

画像
 乗り込むときに車番を見たら、JR西日本車でした。車内チャイムは「いい日旅立ち」でした。

画像
 名古屋で東海道線に乗り換えます。予定より1本早い普通・大垣行きに乗り込みましたが、313系の窓ガラスは赤茶けていて幻滅しました。

画像
 岐阜で後続の特別快速に乗り継ぎました。岐阜からは各駅停車ですが・・・。こちらの特快車も窓ガラスが曇っていました。JR東海、どうしたことでしょう??

画像
 大垣に着きました。広々としたホームは大幹線を彷彿させます。

画像
 駅前にはこの地域の路線バスである名阪近鉄バスが止まっていました。先頭からポンチョ、旧塗装車、現塗装車です。

画像
 岐阜駅は橋上駅ですが、養老鉄道との連絡通路は生きていました。駅ビルはテナントの一新で休業中です。

画像
 ホームに貸切表示のD25編成が入ってきました。終端部はATSで制御されています。この点は大近鉄時代の遺産が残っています。

画像
 右側の記念標識板より、左の「貸切」票の方が貴重ですね。線路に隣接する建物はアパホテルで、トレインビューホテルです。

画像
 3連が入ると結構いっぱいになります。

画像
 先頭車付近では記念のセレモニーが開催されました。

画像
 発車後1駅で西大垣駅構内が見えて着ました。構内には復刻塗装車が止まっていました。

画像
 西大垣ではさっそく交換です。

画像
 西大垣駅は市街地の西のはずれにありますが、一度歩いてみたいですね。

画像
 西大垣を発車すると濃尾平野を走ります。車内では取材が行なわれていました。

画像
 養老駅に着きました。上下本線の外側にある3番線へ入線です。

画像
 構内踏切から駅全体を見回します。

画像
 ひょうたんに囲まれた養老駅舎です。

画像
 駅前には昔懐かしい羊羹屋さんがありました。ちょうど出来立てを手作業で箱詰めしていました。

画像
 駅に戻ると標識がかけかえられていました。これは区間急行「バッファローズ」号、藤井寺行きです。南大阪線時代のものが保存されているようです。

画像
 反対側は次の停車駅の「駒野」行きが表示されていました。

画像
 妻面の型式票です。近鉄マークが残っています。「6」をげずった後も・・。

画像
 駒野では「多度」行きにかけかえられました。

画像
 駒野での交換も上下本線の外側にある3番線に入線しました。

画像
 多度でも交換しました。


 *多度を出ると濃尾三河川の扇状地に降りて行き、いよいよ桑名の東方操車場です。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック