小田急複々線区間を走破

 すっかり遅くなってしまいましたが、この3月に複々線化が完了した小田急電鉄代々木上原~登戸間を本日走破してきました。ファンの方はもう旧知のことばかりでしょうが、私にとっては久々の小田急でした。
 まずは新宿から新百合ヶ丘まで快速急行(片瀬江ノ島行き)に乗車しました。いわばロケハンです。新百合ヶ丘からは各駅停車で新宿まで戻りました。実は複々線区間の緩行線を通過してゆく列車種別があるなどとは全くノーケアーでしたので、主要駅の渡り線に注意して乗車しました。

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 まずは向ヶ丘遊園駅の折返し電車の引上げ線です。JR車がやってくるなど驚きです。

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 向ヶ丘遊園駅緩行線に到着です。この辺りまでは以前と変わりません。

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 向ヶ丘遊園駅を発車します。次の登戸駅までは上り線だけ3線化されています。

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 3線区間を通過して登戸に到着します。

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 登戸を発車して直ぐ多摩川の真上で、ダブルクロッシングが現われます。緩行線と急行線との間で相互に転線できるようになっています。

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 複々線区間なので急行線を電車が通過してゆきます。

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 左側から喜多見車両基地への回送線が接近してきます。その回送下り線が本線を横断しています。もっと先には成城学園前駅のトンネルが見えます。

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 成城学園前駅の構内には緩~急行線の渡り線があり、種別によって転線が行なわれます。そして、トンネルを抜けると再び高架線に駆け上がります。

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 小田急の複々線区間の信号は、JRとは異なって緩・急行線とも同じ位置に設置されています。きれいに揃っていてみごとです。

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 やがて経堂駅です。電留線があるので、上下線~緩行・急行線を横断するポイントが複雑に現われます。

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 経堂を発車すると左側に電留線が広がってゆきます。右側の上り急行線にはホームがありません。

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 やがて下北沢駅のトンネル区間に入ります。入り口は4線併走ですが、直ぐに上下2層式のホームに分かれます。

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 下北沢の次の東北沢駅を発車すると、先ほどまで右側にあった急行線が左側から現われてきます。

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 やがて代々木上原駅に到着です。新宿方面はすべて左側に進入します。ここで小田急複々線区間の初乗りが終わりました。

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 新宿駅到着後、地上ホーム脇にある「ロマンスカーカフェ」に行ってみました。コーヒーを頂きながらゆったりとロマンスカー見物が出来ました。

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 小田急新宿駅で下車後、西口にあるニコンサロンで開かれている日本鉄道写真家協会写真展「&」を見学して来ました。なかなか面白いテーマの写真展でした。


 ニコンプラザではカメラのショールームがあるので係員の方にデジカメについて色々と教えていただきました。私は銀板式カメラの段階で”進化”が止まってしまっており、デジカメには触ったことがないのです。一眼レフを持ってみると意外と軽い。それにネガではなく、ICチップに保存してゆくので記録性もありそうです。古いネガのデジタル化についてもアドバイス頂きました。もう観念してデジカメを買おうかと最近思い始めています。


<複々線の使い方>
 同じ乗り歩き派のS様から、優等列車のこの区間の使い方をご教示いただきました。
・まず、早朝夜間の急行は急行線ではなく緩行線を走る。主として下北沢での緩・急乗換えを同一ホームで出来るようようにするためのようです。緩行線(外側線)を急行は通過してゆきます。
・平日朝の上り通勤準急はちょっと変わった経路を走ります。登戸では緩行線ホームに発着し、相互乗換えの便を計っています。発車すると成城学園前まで通過なのに緩行線を走ります。そして、成城学園前駅手前の渡り線を急行線ホームへ転線して客扱いします。ここからは急行線を走りますが、経堂の手前のポイントで急行線から緩行線へ渡って経堂に停車します。ちなみに、経堂駅上り急行線にはホームがありません。
 経堂で停車した後はそのまま緩行線を走行します。途中駅は通過してゆきます。下北沢で停車したあと、東北沢は通過してそのままメトロ千代田線ホームへ進入してゆきます。この準急が一番変わった経路を走行するといえるでしょう。貴重な情報、本当にありがとうございました。

通勤準急の前面展望YuoTube



<小田急の思い出>
 初めて小田急に乗ったのは何時だったか記憶を喚起しているのだが、今ひとつはっきりしない。思い出として残るのは、東京オリンピック(1964年)の翌年、中学生のときの代々木セミナールの講習会だったのではないかと思う。開催場所が小田急線東北沢駅近くの松蔭女子高だったので、小田急に乗りたくて代ゼミを選んだ。ちなみに松蔭女子高はいまは共学の学校になっているが、当時は女子高だったので男子便所が職員室まで行かないとなかった。
 小田急線はNHEと称した2600系(まだ5連だった)に小田急百貨店本館完成記念塗装(赤と白に銀帯)が登場したころだ。新宿から普通電車に乗車したら、車掌が「向ヶ丘遊園行き、閉塞反応進行!」などと大声で信号喚呼してドアーを閉めていた。カッコよかった。閉塞信号機と出発信号機、ホームにある出発反応標識などの区別は中学生なので全く理解していなかったが、鉄道信号機の種別は小田急乗務員から教わったといっていい。
 また南新宿駅は今より新宿寄りの所にホームがあり、ドアーカットが行なわれていた。西鉄や京成ではホームのない車両でもドアーが開いていたので、どうやって施錠するのか運転台をのぞきこんだものだ。
 時期が前後するが、新宿の文化服装学院の円形校舎で夏季講習を受けた思い出もある。午前の講習が終わって新宿駅南口まで歩いてゆくと、甲州街道の陸橋から小田急線の地上ホームを眺めることが出来た。御殿場線直通の気動車特別準急「あさぎり」?が5000系1~2両で発車するのが物珍しかった。排気ガスのにおいが強烈だった。
 また今の小田急本社ビルのあたりに荷物電車ホームがあり、旧型車両の荷電が新聞輸送をやっていた。いまは甲州街道陸橋から小田急線は全く見えなくなったが、ここで電車ウオッチングするのが帰宅時の楽しみだった。
 決して勉強がしたくて代ゼミに行ったのではなく、乗ったことのない電車に興味を惹かれてのことであった。ロマンスカーはまだ全線でミュージックサイレンを吹鳴して走っていたので、とにかくしびれた。小田急電鉄は私にとって一番都会のかおりがする電車であった。

 もう少し時代が繰り上がると、録音機を持って乗車するようになった。新宿から小田原まで3000系SSE5連「さがみ3号」の最前部の座席に座り、乗務員室との仕切り扉には換気用の大きなルーペがあったので運転士の信号換呼の声を入れながら録音できた。オマケにSSEの客室窓は少し開く。ガラガラなのをさいわいに走行中のオルゴールの音を入れることが出来た。
 
 先日引退したLSEの登場時の思い出は既に記した。海老名電車区へ直接乗り入れての撮影会、御土産をたくさんもらって帰ったことは小田急の鉄道会社としての誇りのようなものだと感じている。

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